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桜の季節

  • teapeicoffeead
  • 4月6日
  • 読了時間: 3分

そろそろ梅も散っていって、桜が満開になろうか。

ちゅー頃です。

もうすぐ33歳。


最近になって、色んなことが

「あれってこういうことやったんか」

と思うこと増えてきた。

ちーちゃい事からデカい事までね。


振り返ってみて、〇〇やったなぁ…とか。

あの時の自分、△△やったなぁ…とか。


過去を理解し始めた、って感じか…?


自分の過去ってのは自分にしかない。

体験したのは自分やからな。当然。

過去が今の自分を[自分たらしめてる]と思う。


なんとなく考え始めたことが、長年思考してきた

自分って何なのか?って話に行き着く。


「自分」という1つの点とそれ以外の「世界」

世界はあまりにも広い。



思考の断片を思い出しながら書き残しとこうと思う。

まぁ。落書き程度のもん。



自分とそれ以外は何で隔たれるのか?

皮膚?体の内側、内蔵、骨格、筋肉etc…それを覆う皮膚。

いや、どうかなぁ…

境界って案外、曖昧。


それとも、個が持つ意識とか?

自分っていう自意識が、どこかで「自分」を確立させている?

それとか名前とか…?

名前は便宜的に区別する印みたいなもんか。

人間っていう種族の中でのアイデンティティかな。どっちかと言うと。


自意識ってことならー…

主観か。客観と主観も、ちょっと曖昧というか、「その間」があるように思う。

そしていくら客観視しても、「死角」がある。

人の立場にたってみたり、いろんな状況を想定しても、

考える脳みそは主観してる人と同じ脳みそなので

思い違い、見落とし、そもそも知らない…とかの死角ができてしまう。


そしてだいたい主観の時のままの見識で客観的になろうとすると思うなぁ。


自分を客観視して、それを無理やり広げて広げて…

世界には今何人の人がおるんやろうか。

70億人ぐらいか?

まー、その全てとはどうあがいても知り合ったり、すれ違ったりなんて

できようもないけど。

日本だけでも1億ちょいやっけか。

その、人の数だけ目線、モノの味方があって

人の数だけ「自分の見られ方」があるっていうか。


よく悩みの種になりがちな「本当の自分」の話にも通ずるけど…

結局、自分が認めてないだけで、

どんな時の自分も「そこに存在した事実」としては自分なんよなーと思ってる。


教える側、習う側、親と子、部下と上司

一人の人間が、時間とか場面で立場が変わる。


「自分を演じてる」って言う人もいるけど。

その演じてる自分も、事実かな、と思う。


結局のところ…したいこと、解って欲しいこと、理解されたいこと、

なんかの「個」としての自分を出せてなかったり、縛られてたり

押し殺さないといけなかったりして


そのずーっと心に閉じ込めてる自分を、本当の自分と信じてるだけ。

という気がする。



こういうとき、自分と世界の間には死ぬほど分厚い壁があるから

世界と自分という二極化は簡単。と錯覚してる。



なんていうことを何年も追いかけてきて、

最近ふと思った。


自分って、自我が芽生えた時に作り出した「概念」なんやなぁ。


「自分」

っていうものは無いもんな。存在として。

己を指す便利な概念として「自分」があるだけ。


自己と、他者。

何億人もおる人間のなかから、この肉体を操って、この思考をしている、

自分。という個体。の意識、感覚。


もう、よーわからんようになってきたw

まぁ、こんなとこにしとこう。


 
 
 

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